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「考える力」と「やる気」

マズローの欲求段階説というのがあります。

1.生理的欲求(physiological need)
2.安全の欲求(safety need)
3.所属と愛の欲求(social need/love and belonging)
4.承認の欲求(esteem)
5.自己実現の欲求(self actualization)

というのもです。

「そもそも欲求にレベルがあるのか?」と批判的に言う人もいますが、私はこの「段階説」を支持しています。

「欲求」を「やる気」に置き換えて考えて見るとよくわかります。

特別な場合を除いて、「食べる」「寝る」などの生命維持に関する欲(やる気)はどんな人にもあります。「食事」「睡眠」に対する「やる気」がなければ生きていけません。これに対してはほとんどの人が「考える」ことなく「やる気」を出します。

2、3、4、5、と欲求のレベルが上がるに従って「イメージ力=考える力」を必要とします。

「病気」「無秩序」に対するイメージ、「孤独であること」に対するイメージ、「他者に認められない」ことのイメージ、「自分らしく生きられない」イメージ…これらをイメージすることにより、「不安」が生まれ「なんとかしなければ」という「やる気」が生まれます。逆に、「安全」「所属」「承認」「自己実現」ができたイメージをもつことによって、それらを勝ち取ろう、という「やる気」が生まれます。

「欲求のレベル」が上がるほど、強いイメージ力が必要になる気がします。

5の「自己実現」は自分の未来のイメージです。「今」しか見えない人には考えられないレベルです。

2の「安全」は少し先の未来です。だから、少しのイメージ力(考える力)があれば考えられるレベルですが、これさえ考えられない人が増えてきています。

「安全」が実現できないと生きていくことはできません。だから、きれいごとではなく、「考える力」は「生きる力」なのです。

なんのために子どもたちに勉強させるのか?

それは、子どもたちに様々な問いを投げかけることによって、まだ見たこともない「世界」をイメージする力、考える力を育て、「やる気」を生み出し、自らたくましく生きていけるようにするため。

そう考えると、「記憶力」のみを重視し、テストで高得点をとったり、偏差値の高い学校に入れることにのみ奔走している指導者、保護者、子どもたちが滑稽に思えてきます。丸暗記でとった高得点には何の意味もありません。

しかし、「考えること」なしに「生理的欲求」「安全の欲求」が満たされている現代の日本社会の中では、子どもたちは「勉強」と称した「暗記」には没頭することはあっても、「考える力」を育てることは難しくなっています。

だからといって「やる気」のない子に無理矢理「丸暗記」させるだけの「勉強」を押し付けても、「負のスパイラル」に陥ってしまうだけ。

「考える力」を実践しながら育てていくことによって、子どもたちは「自分の頭で問題を解決する」という「成功体験」を積み重ね、「自信」をつけ、またその「自信」が次の「やる気」を生む、という「やる気のスパイラル」にはまっていくのだと考えています。

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